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第三話  空っぽの屋敷と消えた香水

Author: 煉彩
last update publish date: 2026-06-22 23:35:19

 直哉が寝室に入るとそこには誰もおらず、代わりに部屋中に桜の花びらが舞っていた。

 窓は開け放たれ、夜風が白いカーテンを揺らしている。

 直哉は窓を閉め、ベッドへと腰を下ろし、眉間を押さえる。

(どうでもいい女のはずなのに。俺は何を期待していたのだろう)

 誰もいない部屋に電気が点いていることを直哉は疑問に感じ、おもむろにクローゼットを開けた。整理整頓されており、変わった様子はない。

(こんなに洋服が少なかったか?)

 違和感が残るも凜華の洋服など興味もなかった直哉は、何がなくなっているのか確信が持てなかった。

 直哉は、凛華がいつも使っていたドレッサー台に目が留まる。懐かしい匂いを薄っすらと感じながら、ドレッサー台の引き出しを開けた。

(凜華の香水の匂いがする。桜の匂いだ)

 結婚前から凜華が愛用していた桜の匂いがする香水を忘れることはなく、漂う匂いの先を探すも香水瓶が見つからない。

「ない」

 直哉は口に出して、引き出しの二番目に入ってい凜華の香水がないことに気がついたようだ。勢いよく他の引き出しも開けるも、机の中が荒らされた形跡はないことに気づく。

 わざわざ凜華の香水だけを盗む者はいないと冷静に考え

「やはりここへ帰ってきていたのか」

 言葉に出しそう思うと、内臓が熱くなるほどの苛立ちを覚え、表情が一瞬で険しくなった。

「誰か来い!」

 低く鋭い声が部屋に響く。

「この部屋に、さっき誰が入った!?」

 刑期を終えて帰ってきた時、凜華はどんな謝罪の言葉を述べるのか、何度も何度も直哉は想像をしてきた。

「許さない」

 見えない敵を探すかのように、寝室の扉をバタンと力強く閉めた彼は、屋敷内の使用人を呼び出していた。

・・・

一時間前――。

「お嬢様。こちらが身分証です。現金はすべて旦那様が管理されているため、お嬢様のお財布にあった三万円ほどしか持ってこられませんでした。あと残っていたのはキャッシュカードだけです」

「ありがとう。助かった。これだけあれば十分よ。医者時代の貯金があるから。ごめんなさいね。嫌な役をさせて」

 ひっそりと交わされる会話、凜華は夫である直哉に見つかることなく一時帰宅をしていた。

「私はお嬢様に返しても返しきれない御恩があります。お嬢様がいなければ、私はとっくにこの家を追い出されていました」

 かつて使用人の田中の家族が困窮した際、凛華は自分の金で治療費を払い、家族を救ったことがある。だからこそ田中は、今でも凛華に強い恩義を感じていた。

「私はあの人のために人生を無駄にしたくない。離婚をして、この家を出るわ」

 凜華はこの家には戻らないことを刑務所の中で決めており、逃亡の計画は入念に練られていた。

「旦那様はあまりにも酷すぎます。こんな傷まで……」

 その言葉とともに、凜華は思わず頬の傷に触れる。

「もう過去のことよ」

 凜華は出所したら、一人の娘と生きていくことを決めていた。たとえそれがいばらの道になろうとも、この家で受けてきた仕打ちに比べたら、あれほど辛いことはないだろう。

「田中さん、本当にありがとう」

「本当に行ってしまわれるのですね?」

 田中の目には涙が浮かんでいた。

 凛華は答えず、静かに微笑む。

「お嬢様はその方が幸せです」

 田中が泣きそうな顔で呟いた。

「あんな冷たい男にはお嬢様はもったいないです」

 凜華は自分がここへ戻ってきたことを誰にも言わないでほしいと頼み、田中は強く頷く。使用人の田中から情報を得た、防犯カメラの死角を通り、音も立てることなく家を出た。

「さよなら」

 一度振り返り、思い出もほとんどない家に別れを告げる。

 必要としていた荷物は最小限に抑えたが、どうしても昔使っていた香水だけは手放したくはなく、寝室から香水を持ち出した。

・・・

「おい!田中いるか!」

 普段は大きな声など出さない直哉が、家中に響き渡るように腹の底から声を出している。「どうしました?旦那様」

 田中と呼ばれた使用人は、直哉の声に反応し、息を切らしながら廊下を走って駆け付けた。

「凜華、あの女が帰ってきていただろう?」

 直哉はすでに証拠は掴んでいるかのように、腕組みをしながら使用人の田中を冷たい眼光で見つめる。

「知りません。奥様の姿は見てはいません」

 田中は、直哉に目線を合わすことなく即答をした。

 田中が凜華と繋がっていることを確信した直哉は

「お前。両親と娘がいるよな。今でも仕送りをしているんだろう?病気がちだったんじゃないのか?」

 田中から情報を吐かせるため、田中の家族の話題を出した。

「それがどうしたんですか?」

(お世話になった奥様のことをできる限り守りたいと、最後まで口を割らないと誓ったはずなのに)

直哉を目の前にすると、その誓いさえも揺らいでしまうほどの圧力に押されていた。

「実は寝室に隠しカメラを仕掛けてあったんだ。凜華が寝室に来た映像が残っていたんだよ。香水を持って行っただろ?あと、お前と会話しているのも録音されていた。本当のことを言え。じゃないと、お前の家族が悲しい想いをするはめになるぞ」

 実際には寝室に隠しカメラなど仕掛けてはいない。田中から口を割らせるためのただのはったりだ。

 しかし田中は家族、娘が人質に捕られた錯覚を覚え

「話します……。全部話します!だから、娘には手を出さないでください!」

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  • 私を刑務所へ送り込んだ夫が、今さら執着するなんて   第六十話 何が狙いなの? 精神的に追い詰められる凜華

    「いい加減にしてよ!」 警察へ相談した次の日も、凜華が帰宅をすると玄関ドアへ落書きがされていた。<ここに住む女は、犯罪者。気をつけろ> ホテルの仕事で疲れた身体に鞭を打ちながら、必死でドアの落書きを消す毎日だ。(毎日こんなことが起こるなんて。管理人に見つかるよりも先に自分から相談をしておいた方が良いかもしれない) 凜華は社員寮を管理する部署へ行き、毎日起きる嫌がらせについて相談をした。「すでに警察へ届けているみたいですし、私たちでは何も解決できません。もしもまた落書きをされたら、自分で消してください」 期待はしていなかったが、同情や心配する言葉もなく、素っ気ない対応だった。 嫌がらせは、落書きだけではなく、玄関ドアへ卵をぶつけられた跡があったり、集合ポストへは大量の生ごみが入れられることもあった。「またお前の名前で苦情が入ったぞ。ホテルの口コミにもお前の名前が書かれている。お前のせいでホテルの評価が下がったらどうするんだ?」「私は与えられた仕事はきちんとしています。誰かが私に嫌がらせをしているんです」「嫌がらせを受けるようなことをお前がしたからだろう?」 おまけにホテルの口コミにも凜華の名前が書かれた悪質な口コミが書かれ、毎日サービス担当者へ呼び出され、一方的に罵られるか問い詰められる日々。「こんな毎日、どう解決しろと言うの。警察も動いてはくれない」 帰宅するのが怖くなる。犯人を突き止めようとして、休みの日にずっと見張っていたこともあったが、休みの日だけは嫌がらせがなかった。(これは私の出勤する日が犯人に知られているか、私のことをずっと見張っていて部屋にいることがわかっているからだわ)(身体を傷つけるような攻撃はしてこない。犯人は何を考えているの?) 日葵の寝顔を見ている時間が凜華にとって何よりの休息の時間だった。 しかし凜華は精神的にも身体的にも追い込まれていく。「おい。今度、お前の名前で苦情が入ったら、辞めてもらうからな。それに社員寮にまで物騒なことをされているみたいじゃないか。そんな人間が働いてもらっても困る!」「そんなっ!」 凜華が反抗しようとすると「これは真っ当な理由があるからな。不正な解雇ではない。お客様から苦情が何件も入っているんだから」 管理者は言い訳は聞かないと言った態度でその場から出て行った。(解雇

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